検見川レイディオ

廃墟となっている文化遺産・検見川送信所を中心に

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検見川送信所の国際放送はいかに評価されたか?

検見川送信所の竣工当時のCGパースが完成するなど、「検見川送信所を知る会」の活動が活発になってきました。



目下、2月下旬のイベントを企画し、動いています。近いうちに日時、場所、中身を確定できるかと思います。

送信所は大きく2つの点で評価されるべきだと思います。

それは建物の価値、通信・放送史における価値。送信所は1926年から79年までさまざまな情報を発信し続けましたが、そのクライマックスの1つは1930年(昭和5年)10月27日、日本初の国際放送を届けたことでしょう。

これはロンドン軍縮会議での成果を、日米英の首脳が世界に向けて、同時に発表するというものでした。日本の当時の首相はライオン宰相といわれた浜口雄幸でした。

これが歴史学者にどのような評価をされているのか、文献に当たってみました。

外交史などの専門家である波多野勝氏の「浜口雄幸~政党政治の試験時代」(中公新書)。

浜口雄幸―政党政治の試験時代 (中公新書 (1115))浜口雄幸―政党政治の試験時代 (中公新書 (1115))
(1993/01)
波多野 勝

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「10月27日、日英の首相と米大統領の三人は、同時刻にラジオ放送することになった。世界各地域とのコミュニケーションがなかなか困難にもかかわらず、異例かつ画期的な発表だった」

この国際放送は米国側の提案から生まれたもの。僕は、米国は日本の通信技術を試したのだと思います。検見川送信所は高い技術力を見せつけ、米国をあっと言わせたのです。

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テーマ:建物探訪 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2008/01/24(木) 16:56:38|
  2. 検見川送信所
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Author:クズミコウ
検見川送信所(千葉市)は1926年竣工。東京、大阪の中央郵便局を手掛けた吉田鉄郎氏が設計。1930年には浜口首相の演説を米英に向け放送。これが日本初の国際放送となりました。しかし、今ではこうした事実が忘れ去られ、現在は廃虚。所有者である千葉市は将来、取り壊すことを決めています。

詳しくは検見川無線送信所について

地元有志と「検見川送信所を知る会」を結成し、建物の価値を広め、利活用を提案する活動を行っています。活動は朝日マイタウン、朝日新聞、千葉テレビ、千都よみうりで紹介されました。

これまでの報道記事

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