検見川レイディオ

廃墟となっている文化遺産・検見川送信所を中心に

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●「千葉県検見川鳥瞰図」に見る検見川送信所

千葉県検見川町鳥瞰図というものがある。松井天山という人物が鳥の視点から町を描いた昭和5年1月の古地図である。

松井天山(1869年生まれ)という人ははっきりしないが、天山は号で本名は哲太郎といった。千葉、津田沼、幕張の鳥瞰図も描いている。

これにも、検見川送信所はしっかりと載っている。


「千葉県検見川町鳥瞰図」抜粋

まだ、空中に張り巡らされた空中線はなく、鉄塔は5本だけ。周囲の土地は売り出し中とある。当時は海岸を目の前に控えた仲町が中心で、送信所の辺りは僻地であった。



開局当時の検見川無線送信所 「検見川無線史」より

大きく開けた平地に立つ白亜の局舎は見事だったろう。検見川公民館が編纂した地域史「けみがわ」(編集・検見川郷土史編集委員会、平成4年11月10日発行)にも、局舎は「遠くから見える強固でスマートな建物でした」と書かれている。

一面は甘藷畑だったとは聞いていたが、地図からも見て取れる。T字型の局舎がそびえ、海に向かって描かれている。周囲を囲む塀もある。



今では、「検見川送信所」という名称が浸透しているが、鳥瞰図には「検見川無線電信所」と書かれている。また、初代所長の菊谷秀雄氏が書かれた回想録も「検見川無線の思い出」、東京無線部が発行した記録集も「検見川無線史」(検見川無線史編集委員会/編集)、昔の公民館の案内地図にも「無線」と書かれており、当時は「検見川無線」が俗称だったようだ。

いつから「送信所」という言い方が一般的になったのかは分からないが、同じく無線局には岩槻受信所があり、それとの区別をつけるためだったのかもしれない。岩槻受信所は、日本武道館などを手掛けた山田守氏によるもの。既に取り壊されている。


岩槻受信所

musenhozon.jpg

日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

賛同してくださる方は以下のソースを貼り付けてください。
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去年の日記は?


2006/8/31 夏の終わり、プール清掃





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  1. 2007/08/31(金) 15:24:45|
  2. 検見川送信所
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震災で生まれた元町公園(文京区)を歩く

明日9月1日は防災の日。

1923年9月1日の関東大震災にちなんで、制定された。

能登、中越と大規模な地震が続いているが、千葉を震源地とする地震が連発したこともあって、他人事とは思えない。

ちなみに、千葉市の場合、

「千葉市安全安心メール」
http://www.chiba-an.jp/

というものがある。

地震が発生すると、3分後に情報が届く。また、市内でどんな犯罪が発生したのかなども送られてくる。携帯電話のメアドに登録しておくと、便利。

さて、関東大震災の反省と復興を願って作られた東京文京区の元町公園に行ってきた。

2007/08/23 都内の小さなオアシス元町公園

知る、調べる、現地に行く、人に会う。
これが僕の思考の流れになっていて、クセのようなものだ。

幸いにして、場所は水道橋から徒歩5分。地図では確認しなかったが、JR水道橋駅を降りて、御茶ノ水方面に坂を上がっていくと、すぐ。ビルの谷間にある、ほんの小さな公園だった。

分離派建築博物館では02年撮影の公園の様子が見られるが、5年後のいまはさらに老朽化が進んでいた。ただ、アールデコ調の装飾は、世間並みの公園とは違う趣き。

完成当初は素晴らしかったんだろうなぁ。



上の写真でも分かるとおり、シメントリーがポイントになっている。



中央部には水が流れていたようで、夏場は涼しげだったに違いない。



文京区はここを壊して、体育館を作る計画を立てた(現在、反対運動により、頓挫中)。そんな考えだけに整備されているような感じはない。緑だけではなく、花などを植えたら、さぞきれいだろう。



文京区は都内でも比較的、緑の多い場所ではある印象だが、この周辺はビルが乱立している。ここは壊してしまっていいのだろうか?

文京区には残す努力をしてもらいたいと同時に、美化を考えてほしいものだ。

防災グッズはこちら。

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去年の日記は?


2006/8/31 夏の終わり、プール清掃



  1. 2007/08/31(金) 09:56:53|
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●取り壊しから一転、再生となったアートプラザ

旧大分県立大分図書館から装いを新たにしたアートプラザは市民ギャラリー、制作室を持つ施設だ。作って飾ろうという2つの機能を持つという点は安藤忠雄氏の直島と同じ発想だ。


正面から撮影
大分県大分市荷揚町3-31
TEL:097-538-5000 
FAX:097-538-5060
公式サイト 

メーンの入り口は長いゆったり傾斜のスロープを上がった2階。



最大の目的は磯崎新氏設計の模型、パースを展示する3階磯崎新建築展示室。

入場は無料。土曜だが、客は僕1人。「建物が残った 近代建築の保存と転生」を読んできたというと、受付の女性(美人)は「こういう風に残り、よかったです。建築関係の方ですか?」と聞かれた。やはり、建築関係者の来訪が多い、という。

このアートプラザへの保存・再生のきっかけも日本建築学会がアクションを起こしたことだった。

僕は建築関係ではないが、同じく取り壊しの危機にある検見川送信所を保存したいと思っており、参考にさせていただくためにやってきたと言った。

08年4月から運営は市から民間に移った。掲示板には、そのお知らせと利用者の声が載っている。

掲示するくらいだから、当然好意的なものばかりなんだけども、「感じがよくなりました」などとある。






現在、展示しているのは「磯崎新の最近作-日本・中国・ヨーロッパ・中東-」(08年1月末)。作品は磯崎氏らしい大胆な外観が多いが、逆に景色に馴染ませる試みも行っている。最近の建築界の流れは、主張する時代からいかに環境に合わせるかという流れになっているのかもしれない。

3階展示室の入場は平日30人程度というから多くはない。展覧会そのものは面白く、もっと見られてもいい気がする。



こういうギャラリーでは、撮影禁止が多いが、「撮影ご希望の方はお声がけください」とある。

聞いてみると、ネットでの公表は不可だが、個人利用であれば、撮ってもいいのだという。撮影はしたが、残念ながら内部はお見せできない。興味を持った方はお出掛けください。

建物が残った 近代建築の保存と転生
本体価格 2,800円 (税込 2,940 円)

写真はCaplio GX100で撮影。


《新品》RICOH Caplio GX100 VFキット
Map価格 56,000円 (税込 58,800 円) 送料別

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去年の日記は?


2006/8/29 浸透性塗料インウッド シダー色





  1. 2007/08/29(水) 02:50:08|
  2. 旅行
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●安藤忠雄「連戦連敗」

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連戦連敗
本体価格 2,400円 (税込 2,520 円)

この連戦連敗こそが、安藤忠雄のキーワードなんだと思う。

現代建築の雄が?とギャップを感じる人も少なくないと思うだろうけど、実際に連戦連敗なんだそうだ。

つまり、大きな施設などは施主が条件を出し、建築家のコンペで決まる。出した図面が気に入られれば、面接に呼ばれたりして、プレゼンを行う。

骨身を削った仕事も、コンペに勝たなければ、ただなのだから、建築家はタフな仕事だ。

連戦連敗とは自虐の言葉であるが、同時に、安藤氏の決意、開き直り、力強さを感じる。つまり、これは挑戦者としての決意表明なんだと思う。

安藤氏は長らく不遇の時代を送った遅咲きの建築家ルイス・カーンの生き方を紹介し、最後にこう結んでいる。


マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して(DVD) ◆20%OFF!

生きるとは何か、人間の生とは何か。その答えは一人一人が、それぞれの生き方を通じて表すものである。私もできるならば、カーンのように闘い続ける生き方を選びたい。自分の信じる道を最後まで貫き通したい。

カーンの遺した言葉の中に、私が目にした中で最も気に入っているものがある。

「創造とは、逆境の中でこそ見い出されるもの」


元ボクサー。ファイトマネーで世界を放浪し、独学で建築を学んだ安藤氏にとって、「建築は闘いだ」という。全身全霊を捧げるのが建物だ。

しかし、安藤氏の考えがすごいとは思わない。建物は人々が日々暮らす場所であるから、むしろ、当然なんだと思う。闘いの産物が建物でなければならない。

もっとも、全てのプロフェッショナルと呼ばれる人にとって、仕事というのは闘いである。人様から金をもらうということは、そういうことだ。

僕も安藤氏と同じく連戦連敗だ。そして、不名誉ながら、その記録を更新中だ(汗)。

楽天で安藤忠雄を探す。









去年の日記は?


2006/8/24 ゼラニウム定点観測





  1. 2007/08/24(金) 16:27:04|
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●安藤忠雄氏の近代化遺産の考え方~「連戦連敗」より

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連戦連敗
本体価格 2,400円 (税込 2,520 円)

安藤忠雄氏の「連戦連敗」から、近代化遺産に関することを書こうと思ったのだが、違う話になってしまったので、改めて。同書では、近代化遺産という言葉はでてこないが、そうとらえても間違いないと思う。

安藤氏が手掛けたものの中に同潤会アパートの再建がある。ここは日本の集合住宅の先駆けとなった貴重な建物。取り壊して、まったく新しいものを作るというアイデアもあるが、安藤氏は古い建物、風景を生かし、再現する道を選んだ。

住民説明会にも出席するが、半分以上の住民の反対を受ける。彼らは住む人間として、旧アパートの不便さを味わってきたからだった。

古い貴重な建物だから残そうというのは簡単だが、住民あっての建物。理想と現実には大きな壁がある。

この後、同潤会アパートは昨年2月、表参道ヒルズとしてオープンしたが、この本が出た2001年当時は悪戦苦闘の日々だった。

安藤氏は「どれだけ効率が悪くなろうとも、また歴史家が納得するような完璧な結果を出せなくとも、建物の記憶を残していくという、この主題だけは、その可能性を探し続けたいと思っています」と書いている。

さらに旧いものをいかに残し、生かしていくかは世界的な流れであり、こうした議論は日本でも建築・都市を考えていく上で大事な位置を占めるという。

スクラップ&ビルドから、修復・保存へ。これは建築業界には厳しい未来を意味するが、安藤氏は日本にも起こりつつある新しい流れを歓迎している。

しかし、スクラップ&ビルドという考えは日本人には強く根付いていており、修復再生には、よほどの覚悟がないと難しいともいう。

安藤氏は60年代から過去の遺産を新しい時代に有効利用することを提言してきた。しかし、それはほとんど顧みられることはなかったという。

1995年の阪神大震災では多くの建物が壊れた。中にはまだ修復可能な美しい民間の建物があったそうで、修復を呼び掛けたが、企業は提言を煙たがっただけで、建物は取り壊されていった。震災からの復興という深刻な事態があったとはいえ、何とももったいない。

建物は都市の記憶であるだけでなく、人々の精神面にも大きな影響を与えると僕は思う。

古くなったから棄てればいい。こんな都市形成は若者への影響者たちの弱者への犯罪は、がまったくないと言えるだろうか。

近代化遺産は、僕ら父、母、祖父、祖母たち時代の人々の生きた証だ。

ところで、先日、訪れた市民ネットではこんな話も耳にした。

検見川神社の流れを組む宮野木甲神社のご神木が勝手に伐採された、というものだ。

隣は宅地開発をしており、木下工務店など複数の会社が地権者。山口住販という不動産業者が一戸建て建築にあたって、切ってしまったのだ。

問題の土地はホームページでも売り出し案内が出ている。

ブログ甲大神御神木伐採事件に詳しい。

宅地の名前は宮野木ウッドタウン。このネーミングはブラックジョークなんだろうか?

恥ずかしながら、僕はまったく知らなかったが、今年初めのことだそうで、フジテレビのニュースで取り上げられるなど話題になったらしい。建築物だけじゃなく、ご神木までか、という思いだ。

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去年の日記は?


2006/8/25 北欧インテリアの宝庫「TIMBER YARD」@稲毛海岸



  1. 2007/08/24(金) 00:01:00|
  2. 検見川送信所
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●市民ネットいなげへ行政相談

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日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

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22日、検見川のSNSで知り合った方の紹介で、市民ネットワークいなげに行ってきました。市民ネットでは月に何度か行政相談を行っているようです。


開局当時の検見川送信所「検見川無線史」より

検見川送信所の保存を要望するとともに、市政の背景をお聞きするのが目的です。

政治というと、なんだか生臭い話だなぁとお思いの方もいらっしゃるでしょう。正直言うと、僕も苦手なところだったのですが、よくよく考えれば、生活というものはそのまま政治に直結しているわけです。

日本では政治不信がそのまま政治への無関心を生み出したと思うのですが、そんな時こそ、政治に関心を持たなければいけないのかも知れません。

一部の政治家(そう思いたい)は、市民の無関心を良いことに、自分の利権を得るのはたくさんの例で明らかでしょう。

僕は検見川送信所について調べているうちに、千葉市の財政が真っ赤であることを知りました。市が赤字であるということは、僕ら市民への税の負担が大きくのし掛かり、今後、福祉サービスが悪化する可能性があるわけです。

こうなれば、暮らし向きが悪くなるわけで、そうなれば、引っ越す人も増えるでしょう。人口が減れば、さらにそれぞれの負担は大きくなり、悪循環は加速すると思われます。

市だから潰れない、大丈夫という神話は既に崩れています。北海道夕張市の財政破綻がいい例でしょう。それでも、無関心でいられるでしょうか?

さらに、僕の政治的なスタンスを申し上げますと、特定の支持政党はありません。実は市民ネットの候補者にも投票したことはありません。というか、その存在をよく知りませんでした。(市民ネットの方には申し訳ありません)。

今後も、行政相談などを行っている政党、議員には会っていくつもりです。そうすることで、各政党、議員の考えは明らかになるでしょう。検見川送信所に関する対応だけで、決める気はありませんが、これを切り口に、誰が市民のことを思い、誰が利権を貪っているのかは分かるはずです。

千葉市の財政赤字の原因は、無計画なハコ物行政の賜物で、現在は、その集大成たるQiball(きぼーる)という複合施設、利用者の少ない千葉都市モノレールの拡張が進んでいます。

無用なハコを作り、どこかで市民の金をくすねている奴がいるわけです。さて、誰なんでしょうね。僕は単なる一市民に過ぎませんが、調査能力には自信があります(笑)。

市民ネットについては紹介できるほどのデータはありませんが、いわゆる政党とは違う印象。議員の任期は2期までとあらかじめ決めているそうです。

ブログでは「市民ネット3つのルール」というものが目を引きます。

1.議員はローテーション
2.議員報酬は市民の活動費
3.選挙はすべて手づくりで

市民ネットいなげでは、常賀(つねよし)かづ子市議ら5人の方が話を聞いてくれました。

続く









去年の日記は?


2006/8/23 むき出しコンクリートにラティス設置



  1. 2007/08/23(木) 12:39:40|
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都内の小さなオアシス元町公園

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日本初の国際放送を行うなど日本の通信に大きな貢献をした近代化遺産・検見川送信所が取り壊しの危機にあります。これを保存、再生できないかを考えるプロジェクトです。

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しばらく、この検見川送信所ネタが続くと思うので、思い切って、ブログ題名を変えてみました。

検見川送信所J1AA~モールスキンとめぐる冒険。

「モールスキンとめぐる冒険」のモールスキンとはノートブックのこと。文具ネタはほとんど書いていませんが、毎日使っているノートでもあり、愛着はあるので、相変わらずサブタイトルとして残すことにしました。


ヘミングウェイ・ピカソが愛したノートMOLESKINE(モールスキン) クラシック スクエアーノート...

検見川送信所の保存というのは一見、固いテーマのようで、コメントしにいところはあるかもしれませんが、自由に書いてくださると、ありがたいです。

個別にも、いろいろ情報を教えてくださる方もいて、大変参考になっています。

ある方からは以下の情報をいただきました。

SOS! 元町公園
http://www.toshima.ne.jp/~tatemono/page044.html

元町公園・ぱぱっと会議 活動日記
http://www.npo-rprogram.jp/motomachi/blog/

元町公園というのは、水道橋の東京ドームの近くにある公園だそうです。

1931年9月1日に起こり、10万人の死者を出した関東大震災。樹木の多い庭園や丘に逃げ込んだ人たちは大木に守られて生き延びたそうです。そんな教訓をいかし、都内には52の震災復興小公園が作られたそうです。

元町公園は地形の特性を活かして階段状に展開し、アールデコのデザイン等を取り入れたモダンなデザインが印象的。開園は1930年。

震災復興小公園はその後、どんどん壊されていったそうで、元町公園は唯一、原形をとどめている貴重なものだそうです。東京ではビルが過密ですから、大震災などが起こった時は避難場所としての利用もあるでしょう。

しかし、区はここを取り壊し、巨大な体育館を建設する計画を立ち上げたそうです。

貴重な公園が壊されるだけでなく、避難場所としての機能も失うわけです。ヒートアイランド現象が問題になっている中、都内の緑を失うことは大きな損失とも言えるでしょう。

市民団体の「たてもの応援団」などが取り壊し反対を訴えており、積極的な活動をされているようです。その成果もあって、現在は体育館の計画は止まっているようです。

検見川送信所だけでなく、大正から昭和にかけて作られた貴重な建造物・構造物はどんどん取り壊しが進められています。

以下はまさやん0386さん から教えていただいた情報です。

検見川送信所は、大正から昭和にかけて重要な建築物を建てた吉田鉄郎氏によるものですが、同じく吉田氏が設計した大阪中央郵便局、東京中央郵便局も取り壊し、高層ビル化しようという計画が持ち上がっているそうです。


建築家・吉田鉄郎の『日本の建築』

東京中央郵便局はJR東京駅の丸の内側にあり、レンガ造りの東京駅ともマッチしています。

やはり、この高層ビル化計画には、DOCOMOMO JAPAN という組織が保存を要望するなど活動を行っています。

DOCOMOMO というと、携帯電話会社のパロディかと思われた人もいるかもしれませんが、ドコモモはDocumentation and Conservation of buildings,sites and neighbourhoods  of the Modern Movementの略で、モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織ということです。

それぞれ抱えている背景、問題は違うと思いますが、こうした大正・昭和初期の建物の取り壊しへの動きはみなさん、どう受け止めますか?









去年の日記は?


2006/8/23 むき出しコンクリートにラティス設置



  1. 2007/08/23(木) 08:55:43|
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●市民ネットいなげへ行政相談 Part2

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検見川送信所は有名スポットだという声もある一方で、実は地元でも知らない人は少なくない。そんなことを感じました。

市民ネットでも、まったく知らなかったという方。存在は知っていても、どういう役割を果たした施設かまでは知らない方がいたり。

そもそも僕だって、ネット検索しているうちに初めて知ったくらいですから、そんなものなんだと思います。


夕焼けの検見川送信所

日本初の国際放送を行った功績を話すと、「そんな施設であるなら、史蹟めぐりのマップに入れてもおかしくないですよね」と常賀市議。

僕もそう思いますが、千葉市はこの施設を壊すことを考えているのですから、そんなことをするはずがありません。

前回の記事で書いた文京区が取り壊しをしたがっている元町公園(文京区本郷1丁目)。昨年、「日本の歴史公園100選」に選ばれたそうですが、文京区はまったくインフォメーションをしなかったそうです。

たてもの応援団による記事

自治体というのは、こういうものなんでしょう。しかし、こういうことをやるから、僕らは政治不信に陥るわけです。

検見川送信所の件は、送信所の地元で同じ市民ネットワークの長谷川市議にも相談していますが、常賀市議は教育の担当されていたそうです。千葉市は最近、地域文化財についての条例を改正した、ということを話してくれました。

「地域文化財を保護しようという話だったと思いますよ」と市議。
「でも、検見川送信所は地域文化財という枠では収まらないのではないでしょうか?」と僕。
「そうね…」

そんな会話が続きました。

ところで、条例改正したということは、当然、なにかワケがあるわけです。この背景を調べていただくようお願いしました。

その千葉市文化財保護条例とは、こちら

手が加えられたのは「第3章 千葉市地域文化財」。

(平成19条例23・追加)
(登録)
第19条 教育委員会は、市指定文化財以外の文化財のうち、次のいずれかに該当し、かつ、市の区域内に存する重要なものを千葉市地域文化財(以下「市地域文化財」という。)として登録することができる。
(1) 本市の一定の区域にとって歴史上、学術上、芸術上又は観賞上価値の高い文化財
(2) 本市の一定の区域における生活の推移の理解のために欠くことのできない文化財
(3) 前2号に規定するもののほか、市指定文化財に準じた価値を有する文化財

以下続く


条文を見ると、いろいろと細かく手が加えられているようです。

千葉市にとって、何か不都合な事項があり、変わったのではないかと思えるのですが、改正ではなく、改悪の可能性もあるのでは? と思わず疑ってしまうのです。

そういえば、最近、長沼の大仏の近くにあった島田家の長屋門が跡形もなく壊されました。江戸後期の豪農屋敷だったのですが、マンションか何かが建つようです。



この建物は千葉市が発行する『千葉市の散歩道』にも載っている建物ですが、文化財指定はされていなかったようです。移築されたのならいいのですが、単に取り壊しだったとすれば、江戸時代の貴重な建物が消えたことになります。どういう事情かちょっと調べてみたいと思います。









去年の日記は?


2006/8/23 むき出しコンクリートにラティス設置



  1. 2007/08/23(木) 00:02:00|
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●元官僚からのアドバイス~検見川送信所保存をめぐって

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21日夜、元官僚のAさん(50)と飲む機会があったので、検見川送信所が保存できる可能性を聞いてみた。送信所は区画整理事業の対象地域に入っている。
「都市計画で決まったことをひっくり返すのは難しいですよ」とAさん。

「官僚ってのは、理詰めで決めていくわけです。だから、理屈で突き崩すしかないですね。でも、都市計画ってのは、いろんな問題を抱えていて、なかなか前に進まないんですよ。ずっと廃墟状態なら、すぐに取り壊しってことはないでしょう」


ありしの送信所。鉄塔の上に空中線がめぐり、蜘の巣のようだったという

ほかの方からもメールで教えてもらったが、公共施設の予定地であると、変更は難しいのだという。

送信所跡は中学校用地になっている。その一部は一時、小学校用地にもなっていた。しかし、この少子化の折、小学校は不要ということになり、計画が変更された。中学校も建設が進まないのは少子化という事情があるようだ。しかし、送信所から500メートル先の稲毛区には稲毛中学校がある。区が違うとはいえ、こんなに隣接した場所に中学校は必要なんだろうか?

Aさんとの話に戻る。

Aさんは「計画変更は難しいが、方法はありますよ」と言った。それはここには書かないが、僕が考えていたことと同じだった。ただ、それを実行に移すには、もう少し準備が必要だ。









去年の日記は?


2006/8/22 インウッドでフロントガーデンのラティスを塗る





  1. 2007/08/22(水) 21:21:23|
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安藤忠雄「建築を語る」

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検見川送信所について、継続的に書いてきたが、僕は通信、建築、行政に関してはまったくの門外漢だ。

ただ、ある程度の目利きはあるんじゃないかと思っている。バカだね。

建築についても、知識を持たなければ、いけないと思い、いくつか本を読んでいる。

検見川送信所を見て、頭にふと浮かんだのは建築界のスター、安藤忠雄氏のことだ。

かつて、DVDを見て、壮絶な生き方、考え方に雷を受けたような衝撃を覚えた。

この過去記事で勝手なことを書いています。

当世きってのスターですから、相手にはしてもらえないでしょうが、安藤氏から建築界をめぐる状況や考え方を学ぶことはできる。本というのは便利なものだと思う。


建築を語る

この本は安藤氏が20代の若者向けの講演をまとめたもの。建築家を志す人だけでなく、万人が読める内容だ。

この本にはヒントになることが絶対あるはず、と直感したのだが、それは外れてはいなかった。

安藤氏は新しいものだけでなく、同潤会アパートのように古い建築物をよみがえらせることもやっている。本書で出てくるのは大山山荘美術館(京都)。イタリア、フランスには古いものを残す技術も材料も残っているが、日本にはそういったものは急速に失われていると、書いている。

結局、安藤氏は京大教授の意見も参考にしながら、70年前の竣工当時の近くに復元したそうだ。

安藤氏はいう。

「日本では経済の論理が優先され、歴史的にも文化的にも意義のある建築はどんどんなくなっていきます。それは近代化を達成するための代償として目をつぶらねばならないことでしょうか。私はそうは思いません」

フランスでは歴史的な建築物は保護されているという事実がある、という。たとえばでいえば、オルセー美術館は駅舎を改造したもの。ほかにもこんな例はゴロゴロと転がっている。

また、解体の話が持ち上がっていた「中之島公会堂」(大阪)では頼まれもしないのに、勝手に設計までされ、行政に提案している。

しかし、行政は「心配していただかなくても我々は考えている」と言い、没にしたそうだ。安藤氏でさえ、そうなのだから、行政を動かすことは難しい。

僕は思うのは、自分が住んでいる町が誰の物か?と考えたら、それは町のものではなく、そこに暮らす市民のものであるということだ。

大胆に言えば、考えるのは我々市民の方で、その希望をいかに叶えるのは行政の仕事なのではないか?

その反面、僕ら市民は市民であることをさぼりすぎていたんじゃないかなと思えてきた。

次は安藤氏のキーワードである「連戦連敗」を読もうと思っている。


連戦連敗

楽天で安藤忠雄を探す。









去年の日記は?


2006/8/21 植え替えたゼラニウム、復活するか、枯れるか?





  1. 2007/08/21(火) 17:55:40|
  2. 検見川送信所
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クズミコウ

Author:クズミコウ
検見川送信所(千葉市)は1926年竣工。東京、大阪の中央郵便局を手掛けた吉田鉄郎氏が設計。1930年には浜口首相の演説を米英に向け放送。これが日本初の国際放送となりました。しかし、今ではこうした事実が忘れ去られ、現在は廃虚。所有者である千葉市は将来、取り壊すことを決めています。

詳しくは検見川無線送信所について

地元有志と「検見川送信所を知る会」を結成し、建物の価値を広め、利活用を提案する活動を行っています。活動は朝日マイタウン、朝日新聞、千葉テレビ、千都よみうりで紹介されました。

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